1月10日(2) IBM DBに訣別宣言 
Source : IBM Changes U.S. Pension Plans, Effective in 2008, as Part of Ongoing Global Retirement Plan Strategy Shift (IBM) (→original website)

ついに、IBMが、確定給付型(DBプラン)からの訣別を宣言した。上記sourceは、IBMが公表した訣別宣言である。まとめておこう。
  1. 2008年1月に、アメリカ国内で運営しているDBプランを、401(k)プランに変更する。

  2. 変更の目的は、旧来のDB、キャッシュ・バランス(CB)から401(k)に移行することで、コストの予見可能性を高めることにある。また、それによって、退職給付費用をコントロールし、競争力を保持したいと考えている。「長期金利が予想以上に低水準であることも影響している。これまでのDBプランも、決して終身給付を意図していたわけではなく、企業にとって財政問題を引き起こす前に、決断をすべき課題である(Greene Jr. 財務担当役員)(New York Times紙)」

  3. アメリカにおけるDBの規制を巡り、司法、立法が不確実で相反しているような状況では、このような判断は適切なものであると信じている。「ただし、CBを巡る判決、連邦議会での年金改革法案論議が、制度変更の直接の理由となっているわけではない(MacDonald HR担当上級副社長)」。

  4. DBを凍結するものの、2007年12月31日時点で賦与された年金給付額については、完全に保証する。

  5. 現在のDBの加入者(約117,000人)については、新しくなる確定拠出型(DCプラン)で、IBMは、年間賃金の10%を拠出する。そのために、マッチング拠出のレベルを倍増し、賃金の6%までについて、従業員拠出と同額(dollar-for-dollar)のマッチング拠出する。また、401(k)への未加入を認めず、従業員の賃金の1〜4%を、企業拠出として自動的に拠出する。

  6. 一般従業員の資産増を支援するため、上記企業拠出に加え、賃金の5%にあたる特別拠出を上乗せする。

  7. アメリカ国内の退職者、前従業員、2008年1月1日以前に退職する予定の従業員(約125,000人)に賦与された年金額には、まったく影響を及ぼさない。

  8. 年金プランの移行に伴い、2005年第4四半期に、約$270Mの一回限りの特別支出を行う。

  9. 他国で運営されている年金プランについても、2006年に変更を予定しており、それらが実施に移されると、2006年には$450-500M、2006年から2010年までの5年間で$2.5-3Bの支出削減の効果が生まれる。

  10. 2008年より、新プラン(the new 401(k) Plus Plan)を開始する。その内容は次の通り。

    1. DBプラン加入者については、賃金の6%までの従業員拠出について、1ドル対1ドル(dollar-for-dollar)の企業拠出を行う。同時に、4%の自動的な企業拠出も上乗せするので、IBMは、全部で賃金の10%を拠出することになる。

    2. 一般従業員については、賃金の5%相当の特別拠出を行う。

    3. Cash Balance(CB)プランの加入者(約8万人)については、賃金の6%までの従業員拠出について、1ドル対1ドル(dollar-for-dollar)の企業拠出を行う。同時に、2%の自動的な企業拠出も上乗せするので、IBMは、全部で賃金の8%を拠出することになる。「これにより、現在CBに加入している従業員が得たであろう年金額に近いものが得られるものと考えられる(MacDonald HR担当上級副社長)(Washington Post紙)」

    4. 2004年12月31日以降に採用された従業員(現在でもDCのみ)については、賃金の5%までの従業員拠出について、1ドル対1ドル(dollar-for-dollar)の企業拠出を行う。同時に、1%の自動的な企業拠出も上乗せするので、IBMは、全部で賃金の6%を拠出することになる。

  11. アメリカ国内のDBプランは、PBOを超えた積立を行っており、その資産残高は、2005年末で$48Bに達する。ちなみに全世界では、$79B。

  12. IBMの401(k)プランは、資産残高$26B以上で、全米最大規模のプランである。90%以上の従業員が加入しており、そのうちの88%の従業員が、既に6%の従業員拠出を行っている。
当然のことながら、このニュースに対する反響は大きい。主なものを紹介する。
  1. 多くのIBMの退職者達は、直接の影響はないものの、「DBプランは一定の役割を担っている」と指摘している。
  2. 「これは危険な動きである。やがてアメリカの労働者は、年金のようなベネフィットを失ってしまうのではないか。次世代が心配である。」(元IBM従業員)
  3. 「DB、CBからDCに移行することで、企業年金に関する保証は、間違いなく低減する。アメリカ企業は、年金の世界から出てゆき、労働者は自力で自らを支えろ、と言い始めた。」(AFL-CIO)
    (以上、Washington Post紙
  4. 「IBMは、これまで、従業員に対する企業の責任というものを決めてきた実績がある。そのIBMがこうした措置を取ったことで、(従業員の企業に対する)忠誠を(企業の財務上の)健全性に置き換える動きが正当化されるだろう。DBからDCへの移行は、典型的なリスクの従業員への付け替えである。」(Capelli教授@Wharton School
  5. 「仮に、40歳で採用され、15年間働き、年収8万ドルを稼いでいたとすると、DBプランのもとでは、55歳までに、年金給付額が$16,305(年額)となる。65歳まで同じ企業働き続ければ、年金給付額は$27,175(年額)となる。しかし、55歳の時に会社が年金を凍結して、新たにDCプランを設立したとすると、年金給付額は、$16,305+DCプランの運用実績ということになる。DBプランの運用能力があってはじめて、DBプランと同様の年金給付を得られることになる。」(VanDerhei@EBRI
    (以上、New York Times紙
このようなDB凍結の動きは、IBMだけではなく、すでに大企業の間では、いくつか出てきている。PBGCが2004年の凍結の動きをまとめて公表した(「Topics2005年12月22日(3) 凍結されている年金プラン」参照)が、EBRIからは、「この推計はかなり過少なのではないか」との指摘もなされているくらいである。最近公表されている分だけでも、結構な数にのぼるようで、15〜20%の企業で、DBを凍結もしくは廃止するのではないか、との推計もあるそうだ。 なお、IBMのDBプランは、全米第3位であり、第1位のGM、第2位のGEでは、そうした動きは今のところ表面化していない。

最後に、感想をいくつか。

1月10日(1) SECで経営幹部報酬の開示について検討 Source : SEC News Digest (January 6, 2006)

SECのプレス・リリースによれば、SECでは、1月17日の公開審議で、@経営幹部の報酬、A関連会社取引、B取締役の独立性その他会社統治、C自社株等の保有状況、などに関する開示について、変更を提言すべきかどうかについて、議論を行うこととなっている。

@の報酬にについては、税制非適格年金、住居費などの様々な福利厚生が検討課題となるのだろう。経営幹部の報酬を開示することは、株主からの要請もあると思うし、業績に較べて隠れた報酬がお手盛りで支払われていることに対する反発が強いこともわかる。

他方、個人情報に属するような所得額を、すべて開示すべきなのかどうか、証券市場においてそれが絶対不可欠なのかどうかについても、よく検討しておくべきだろう。おそらく、開示を強化しようとすれば、どこかの抜け穴を探してそこに報酬を付ける、といういたちごっこは、永遠に続くものと思うからである。

1月6日 ESOP受託者責任訴訟
Topics2006年1月4日 受託者責任再考」で、ESOPにおける受託者責任について、改めて考えてみたところだが、偶々、まさにESOP受託者責任を巡って訴訟が行われている具体的ケースを見つけたので、暫くはこの訴訟の行方を追ってみたいと思う。以下、まずは事実関係について、整理しておきたい。
  1. Sources(日付順)

    "Havens employees, retirees sue former execs" (Kansas City Business Journal, December 1, 2004)
    "Ex-Havens workers can sue for stock losses" (Kansas City Business Journal, December 30, 2005)
    "Former Havens Steel officers move to dismiss class action" (Kansas City Business Journal, January 4, 2006)

  2. 訴訟当事者
    裁判所U.S. Court for the Western District of Missouri(連邦地方裁判所)
    担当裁判官Judge Scott O. Wright
    原 告Haven Steel Co. の元従業員(8人)
    Jack and Janet Kirse of Lee's Summit; Betty Jean Pitchford of Kansas City, Kan.; Lori Michaels, James Hall and Glenna Grafton of Kansas City; Ronald Berr of Quenemo, Kan.; and Keith Feuerborn of Ottawa, Kan
    原告側弁護団Neil Sader of Sader & Garvin LLP
    Andrew Rainer of McRoberts Roberts & Rainer LLP
    被 告経営幹部(5人)
    Former CEO Kenneth McCullough
    Former officers Donald Price, Jesse Bechtold, Tom Collins and Steven Cowan
    被告側弁護団Eugene Balloum of Shook Hardy & Bacon LLP (for McCullough)
    Blackwell Sanders Peper Martin LLP (for others)
  3. 経 緯
    2004.3.18Haven Steel Co. が破産申請
    2004.11.30原告側が告訴
    2005.12.5裁判官が原告側が求めていた集団訴訟形式を認める
    2006.1.3被告側が集団訴訟形式を認めるべきではないとの反論書を提出
    2006.4.3公判予定
  4. 原告側主張

    1. 被告は、Haven Steel Co. のESOPに関する受託者責任を果たしていなかった。
    2. ESOPの資産すべてを自社株に投資していたために、同社破産に伴い、ESOP資産を無価値にしてしまった。
    3. 被告はESOPの受託者責任を負っており、ESOP資産を保護する責務がある。しかし、被告は自社株が適切な投資対象ではないことを取締役として知る立場にあった。明らかに加入者の利益を無視した。
    4. 受託者責任を全うしていなかった時期は、2001年12月21日〜2004年7月22日である。
    5. その間、被告は総額$2.3Mのボーナスを受け取っており、その支払いのために銀行借入まで行っている。
    6. さらに、2003年、McCullough氏(CEO)は、役員を対象とした実質的な個人向けローン、ATM引出し・高級レストラン・ストリップ・クラブなどの支出を賄うための特別口座などを認めた。
    7. 集団訴訟が認められれば、原告団は500人規模になる。

  5. 被告側主張

    1. 被告は、ESOP資産を自社株から他の資産に振り向ける義務はなかった。
    2. 集団訴訟形式は認めるべきではない。
    3. 原告の主張は、被告が企業の立場で行った判断を対象にしたものであり、訴訟は当たらない。
    4. 被告もまた、ESOP崩壊により損害を被った被害者である。
    5. 2002年には誰もボーナスを受け取っていない。
    6. 連邦法では、ESOPの資産を分散投資するよう求めていない。
    7. 自社株への投資を継続することが不合理であったとの証明がなされていない。
    8. 自社株を購入する見通しのある買い手がはっきりしない中で、自社株を売却して他社株を購入することは困難である。
    9. 同社の破綻は、鋼材の高騰、2002年の建設需要の減退、金融機関の担保差し押さえが原因である。

  6. その他客観的事実

    1. 被告は、全員取締役で、かつESOP運営委員会委員であった。
    2. 同社のESOPは、投資先が自社株に限定されているわけではなかったが、実際には資産$40M全額を自社株に投資していた。
    3. 一般的に、破産裁判所で再建中の企業について、他の訴訟活動は受け付けられない。しかし、この訴訟では、企業ではなく、経営者個人を対象としたものとなっているために、受け付けられた。


このような情報の中で、気付いた点をいくつかまとめておく。
  1. 原告側主張のBは、まさに「Topics2006年1月4日 受託者責任再考」で示したように、会社の状況を良く知っている経営者は、プラン加入者にその情報を提供すべき、という考え方に立っている。

  2. 原告側主張のD、Eは、言い掛かりに過ぎないように思う。

  3. 企業を訴えるのではなく、経営者陣の個人を訴えることで、破産裁判所で再建中の案件も訴訟対象にできた点は評価できる。しかし、個人を対象にするのでは、損害賠償がどれだけ得られるのか、という問題もある。Enron、WorldComでもわかるように、損害賠償命令は多額なものとなり、訴訟保険から一部は支払われるとしても、実際に個人が支払われる額は知れている。

  4. 集団訴訟が認められた、ということは、本件での被害者は、加入者全員が被害を被ったと考えておいてよさそうだ(「Topics2005年12月26日(4) 受託者責任を巡る司法判断が混乱」参照)。

1月4日 受託者責任再考 Source : The Public Company ESOP in 2004

上記sourceは、上場企業におけるESOPの受託者責任について論じたものである。原文も同時に掲載してあるので、専門家の方々は、原文でじっくり読まれることをお勧めする。

この論文を読んでいても、Enron事件が年金問題、特にこの受託者責任という問題に与えた影響は、大変大きかったことが実感できる。また、そのEnron事件で示された司法判断(「Topics2003年10月20日 Enron受託者責任裁判」参照)が、いまだに有効であり、それを超える、または修正するような司法判断、判例、行政判断などが現れていないこともわかる。

特に、上記sourceの証券取引法関連で紹介されているように、Enron裁判で労働省が示した受託者責任のあり方については、まだまだ議論が必要だろう。著者も記している通り、そこで示された労働省のガイドラインは、理屈ではそうでしょうけど、実際に受託者となっている経営者がそんなことはできるでしょうか、という内容である。もっと実務的に納得できるような修正ガイドラインが望まれるところである。

また、新たな発見であったのが、「ESOPがESOPでなくなる」という問題である(上記sourceの"倒産に関連したESOPの法令遵守")。EnronやWorldComばかりでなく、UALなどはどのような処理となったのだろうか(「Topics2002年8月24日 ESOPと企業倒産」参照)。当websiteでは、航空会社のDBプランとPBGCの関連に注目してきたため、ESOPの扱いについては見逃してきたようだ。少し調べてまとめておく必要があるだろう。