Topics 2003年10月11日〜20日     前へ     次へ


10月16日(1) 受託者責任が厳しく問われたEnron
10月16日(2) Medicare改革法案は未だ見通し立たず
10月20日 Enron受託者責任裁判


10月16日(1) 受託者責任が厳しく問われたEnron

9月30日、テキサス州の地方裁判所で、Enronの企業年金プランに関する受託者責任を厳しく問う判断が示された。Enronの破産裁判は、NYで行われているが、従業員達による集団訴訟は、テキサス州で行われていたのだ。

争点は、ずばり、受託者責任の有無と損害賠償である。

Enron事件で、年金プランに関する受託者責任については、大変判断が難しい。この点は、当websiteが当初から指摘しているところである「Topics2002年2月18日 経営者の受託者責任」参照)

今回の地方裁判所の判断は、この難しさをあっさり回避し、原告側(=従業員側)を強く支持するものとなっている。裁判所の判断に対する解説が、諸機関から徐々に公表されつつあるので、熟読したうえで、後日、ポイントをまとめることとする。


10月16日(2) Medicare改革法案は未だ見通し立たず Source : Lawmakers Won't Make Drug Bill Deadline (Washington Post)

Medicare改革法案を巡る両院協議会は、過日設定されたデッドライン(10月17日)「Topics2003年9月29日 Medicare改革法案の運命」参照)までに、まとまることは不可能になったようだ。

ただ、デッドライン設定を含め、両院幹部からのプレッシャーによって、議論のテンポは急速に高まったらしい。また、Bush大統領も、日本を含むアジア歴訪出発前に、不在の間に議論を早めるよう、重ねて共和党議会幹部に要請したとのことだ。

そうした議論の過程で、一つ急速に浮上してきた課題が、既に企業が提供している退職者向けの処方薬保険プランの取り扱いである。改革法案が成立して、Medicareで処方薬がカバーされるようになると、退職者向けに処方薬保険プランを提供してきた企業が、いっせいにそのプランを廃止するのではないかと推測されている。CBOの推計では、440万人の退職者が、処方薬保険プランを失うと見られている。

このままでは、Medicare改革を行ったのに benefitは縮小してしまうという退職者が大量に発生し、議会に対する反発が生じる可能性がある。また、完全にMedicareに依存する退職者が増えることにより、Medicareの財政負担が予想以上に重くなる可能性がある。

そこで、既に退職者に処方薬保険プランを提供している企業に補助金を提供し、プランの維持を依頼するという案が真剣に議論されているということだ。財政負担という観点からも、少額の補助金でMedicareの財政負担が軽くなるのなら構わない、という理屈だ。

このような議論の進み方を見ると、再選を睨むWhite Houseの細かい目配りが利いているのではないか、と推測される。

今週からは、民間保険プランの参入促進について議論することになっているそうだ。両院協議会での議論は確実に加速されていると思われる。年内成立に向けて、White Houseと共和党の動きが一致していくかどうか、山場を迎えつつあるようだ。

10月20日 Enron受託者責任裁判 

Enronの確定拠出型年金を巡る受託者責任について、連邦地方裁判所から判断が示された。第一報は、16日に掲載したところである「Topics2003年10月16日(1) 受託者責任が厳しく問われたEnron」参照)。以下、裁判所が示した判断について、ポイントをまとめておく。

  1. 棄却命令申請
    今回の裁判所の判断は、被告側からの「原告側の主張は誤っており、訴訟を棄却する」よう出されていた棄却命令申請(motion to dismiss)に関するものである。従って、訴訟に関する判決そのものではない。ただし、被告側の無罪主張の根拠をことごとく否定しており、今後の裁判の行方を占うには、重要な判断開示と考えられる。

  2. 受託者の範囲
    受託者として訴えられているのは、Enron、経営幹部、年金委員会とそのメンバー、年金プラン責任者、年金資産受託者(銀行等)、監査法人など、多岐にわたっている。今回の判断では、「形式面(受託者としての指名)」からも、「機能面(実態的な運営判断)」からも、年金プラン受託者と判断され得る、となっている。従って、経営側としては、常に、誰が年金プランの受託者なのかを、明確にしておく必要がある。

  3. 2つの帽子(Two-Hat)
    これは、本事件で最大の争点である。

    原告側は、関係者達がEnronの財務状況を従業員に明らかにしなかったために、正しい投資判断ができなかったと訴えていた。これに対し、訴えられた関係者達は、そのような情報を自社プランの加入者のみに知らせれば、インサイダー取引規制違反になるとして反論していた。つまり、企業経営者は、「年金プランの受託者」という帽子と、「資金調達者」という帽子の、2つの帽子をかぶっているのである。

    本件に関し、2002年8月、労働長官は、「証取法は、受託者が加入者や受給者に関連情報を提供することを妨げない」との見解を裁判所に提出している。その意見陳述で、労働省は、もし2つの帽子をかぶることで問題が発生する可能性があるならば、@新規拠出分からは、自社株を投資対象に含めない、Aすべての投資家(従ってプラン加入者も含む)に情報を開示する、BSECや労働省に相談する、などの措置が取られて然るべきである、との考えを示した。

    連邦地方裁判所は、その労働省の見解を採用し、2つの帽子をもつ受託者は、同時には一つの帽子しかかぶれない、との判断を示した。つまり、年金プラン受託者として判断をする場合には、プラン受託者としての帽子しかかぶれない、ということだ。

    さらに、連邦地方裁判所は、情報開示の方法、タイミングについて、次のように見解を示している。
    1. プラン加入者から情報開示の要請があった場合、すべての情報を正しく提供すべきである。
    2. プラン加入者から要請も質問もなかった場合でも、
      1. 受託者が加入者に関連する重要な情報を得た場合
      2. 受託者が何も情報提供しなければミスリードになる可能性がある場合
      には、受託者はプラン加入者に対して情報提供する義務を負っている。

  4. 免責証明は受託者側
    ERISA 404(c)(Title 29 §1104(c))では、年金プランが、@加入者に多様な投資選択肢を提供している、A頻繁な投資先の変更を認めている、B充分な情報を提供している場合、受託者は投資損失に関する責任を免れる、と規定している。労働省は、同規定の適用基準を公表しているが、連邦地方裁判所は、免責証明は受託者が負うとの判断を示した。

  5. 分散投資義務
    ERISAでは、401(k)プランが自社株投資を認めている場合には、分散投資義務を課していない。にもかかわらず、裁判所は、Enron貯蓄プランの規定文から、受託者に分散投資義務が課されるものと判断した。

  6. 監査法人の責任
    会計監査法人(今はなきArthur Andersen)は、Enronのひどい財務状況を隠蔽していた。裁判所は、AAが忠実義務、善管注意義務といった受託者責任を果たしていなかったと指摘したうえに、Enronの正確な財務情報を意図的に隠蔽し、損害賠償に値するとの判断を示した。

  7. 連邦控訴裁判所の影響力
    以上のような判断が、連邦地方裁判所から示されたわけだが、その影響力は、限定的である。このテキサス州連邦地方裁判所は、第5連邦控訴裁判所の管轄内にあり、この地方裁判所の判決が、上級審である第5連邦控訴裁判所に支持されたとしても、その他の管轄地域では、別の判断が示される可能性は大いに残っている。実際、上記の第3点目「2つの帽子」に関する判断で、第3連邦控訴裁判所では、異なる見解(Confer v. Custom Engineering Co., 952 F.3d 34, 37 (3rd Cir. 1991))が示されている。

最後に指摘したように、本事件は、今後、本審、控訴審と、繋がっていくことが見込まれ、受託者責任に対する司法の判断は、今後とも揺れ続けるものと考えられる。特に、「2つの帽子」問題は、永遠の課題、とも言える難題である。

こうした受託者責任の問題は、対岸の火事では済まされない。2001年の新企業年金法改正で、日本の経営者にも、受託者責任が問われる場合が、今後出てくる可能性がある。そうなってから、年金プランの体制を検討するというのでは遅すぎる。今のうちから、受託者責任の所在、あり方について、社内で検討しておくべきだろう。

なお、今回のケースをまとめる際に参考にした資料(sources)は、次の通りである。


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