Topics 2003年2月1日〜10日     前へ     次へ


2月3日 経済指標と生活実感
2月4日(1) PBGC保険料の見直しか?
2月4日(2) 新貯蓄制度の提案
2月6日(1) Golden Parachute
2月6日(2) 新貯蓄制度提案に対する評価
2月7日 新貯蓄制度提案への政治的抵抗
2月10日 医療の世界のインセンティブ


2月3日 経済指標と生活実感 Source : 「経済指標と生活実感」 (『日米労働市場に関する考察・コメント』に掲載)
アメリカの失業率は、2002年12月時点で6.0%、2002年通年でも5.8%と、高止まり状態となっています。ところが、ワシントンDC周辺で生活していると、失業率がそんなに高いとか、そのために消費が冷え込んでいるという実感はありません。アメリカという広い国土の経済状態を一言で表すことの難しさを書いてみました。


子供達の学校の休みを利用して、こんな所に行って来ました。


2月4日(1) PBGC保険料の見直しか? Source : PBGC Releases Fiscal Year 2002 Financial Results (PBGC)

1月31日、Pension Benefit Guaranty Corporation (PBGC)が、年金保険事業に関する2002年の収支を発表した。上記プレスリリースによれば、2002年の収支は$3.64Bの赤字となった。2001年の収支は$7.73Bの黒字であったから、その赤字幅の急増には目を見張るものがある。

これだけ収支が急速に悪化した主な原因は、このTopicsでも紹介してきたように、大手鉄鋼メーカー(National SteelとBethlehem Steel)の倒産に伴う企業年金の引き継ぎにある。これらの企業年金の積立不足が極めて大きかったために、PBGCの出費を余儀なくされたのである。

また、低金利の影響もある。これは、通常のDB型企業年金と同様、資産面では利子収入が減少し、負債面では給付債務が膨らむという結果となっている。

またPBGCの資産はというと、資産が$25.43B、給付債務が$29.07となっており、すぐにPBGCががたつくということはないにしても、資産不足となっている点に不安が残る。さらに、既に倒産した大手航空会社(US Airways、UAL)の年金引き継ぎも視野に入っており、今年も大規模な出費の可能性がある。経済成長が高まり、利子率が上昇しない限り、PBGCの台所事情の厳しさは続くものと思われる。

このような状況を受けて、PBGCのExecutive Director StevenであるA. Kandarian氏は、 "We must examine every available option to strengthen the pension insurance program for the long term."と述べている。具体的にはどのようなことが考えられるか。

まず考えられるのは、保険料の引き上げである。現在、基本保険料は、加入員一人あたり$19となっている。これに、積立不足が発生している企業年金は、特別保険料を上積みしなければならない(可変保険料)。積立不足が数多く発生している状況では、特別保険料を引き上げるのが筋と言うものだが、経済情勢が芳しくない中、業績の思わしくない企業に追い討ちをかけるような引き上げは、政治的には難しい。

従って、基本保険料の引き上げが、第一候補と見られる。$19というレベルも、この13年間据え置かれたままである。しかし、この基本保険料引き上げに対しては、まともに積み立てている企業が猛烈に反発する。支払保証制度ができた当初は$1であったものが、急速に引き上げられてきた経緯がある。企業側を代表するErisa Industry Committeeという団体は、「PBGCの収入は健全な企業年金によって支えられている。PBGCのために企業年金が存在しているわけではない」と、保険料引き上げに強く反対している(Wall Street Journal)。

この収支発表に合わせてかどうかは知らないが、2月3日、労働省(DOL)は、PBGCの監督機関とも言うべき組織の改名を正式に発表した。旧名称Pension and Welfare Benefits Adminitration(PWBA)が、Employee Benefits Security Administration (EBSA)と変更された。おそらく、新生EBSAの最初の課題は、この保険料引き上げ問題となるのだろう。改名して新たな発想で課題に取り組むというのであれば、保険料引き上げの是非の向こうに、支払保証制度そのものの存続問題も検討されることになろう。

制度発足28年を迎え、制度疲労を起こしていることは間違いないのだから。

2月4日(2) 新貯蓄制度の提案 Source : Press Release (U.S. Treasury Department and Internal Revenue Service)
1月7日にBush大統領が発表した経済対策の骨子は、@2001年減税策の前倒し、A配当課税の撤廃、B失業者対策であった(Topics 2003年1月8日「(1) Bush大統領の経済対策(労働関係)」参照)。 しかし、ここには年金関係の減税は触れられていなかった。

ところが、昨日の予算教書の発表に併せて、財務省、内国歳入庁は、2004年1月から、税制優遇を伴った新しい貯蓄制度を導入するとの提案を発表した。

詳細は、上記Sourceの通りだが、ポイントをまとめておくと、次のようになる。

財務省が新たに提案した税制優遇を伴う新しい貯蓄制度は、次の3種類である。

@ Lifetime Savings Accounts (LSAs)
  1. 貯蓄目的は問わない。子供の教育、住宅購入、医療、起業資金等何でもよい。
  2. 年齢制限、所得制限は一切ない。
  3. 年間拠出限度額は$7,500(インフレ連動)。
  4. 引出制限期間はなし。引出に伴うペナルティもなし。
  5. 拠出額は所得控除できない。
  6. 資産収入(利子、配当、キャピタルゲイン)は非課税。
  7. 受給時非課税。
  8. 2004年1月1日より前に、従来のArcher Medical Savings Account (MSA)、Coverdell Education Savings Account、 Qualified State Tuition PlanからLSAsに、資産等を移管できる。
A Retirement Savings Accounts (RSAs)
  1. 退職後所得の確保を貯蓄目的とする。
  2. 年間拠出限度額は$7,500(インフレ連動)。LSAsへの拠出額に上乗せ可能。
  3. 拠出額は所得控除できない。
  4. 資産収入(利子、配当、キャピタルゲイン)は非課税。
  5. 58歳以降(または死亡時、障害時)の受給は非課税。
  6. 従来のRoth IRAsは、RSAsに吸収される。また、伝統的なIRAsもRSAsに、資産等を移管できる。移管しなかった場合、新たな拠出はできない。
B Employer Retirement Savings Accounts (ERSAs)
  1. 401(k)プラン等雇い主が拠出する類似制度を統合する。
  2. 基本的には、既存の401(k)プランの規則を踏襲するが、規則は単純化する。
  3. Minimum coverage requirementを単純化する。
  4. Top heavy rulesは撤廃する。
  5. Nondiscrimination requirementsも単純化する。
とにかく、小難しいことは言わない、税務当局も精査しないから、貯蓄に励んでくれ、ということだ。先の配当課税撤廃と合わせれば、相当な減税効果があるものと見られる。

このような財務省の提案に対し、当然、議会、特に民主党議員からは、財政に対して無責任な提案だ、金持ち優遇だ、という批判も出ているそうだ(Washington Post)。また、制度発足が2004年1月1日というのも、かなり性急だ。2004年の大統領選睨みであることは見え見えである。今年前半の議会での議論を注目していきたい。

2月6日(1) Golden Parachute Source : 「Golden Parachute」 (『日米労働市場に関する考察・コメント』に掲載)
アメリカの大企業トップの巨額な報酬には目を見張るものがある。中でも、Golden Parachuteと呼ばれる離職手当は、企業経営者にとっては大変重要な意味を持つ。また、株主にとっても、収益拡大、株価最大化を図るために必要なコストとして認識されている。Golden Parachute制度の目的、税制上の取り扱い、実例をまとめることで、その重要性を浮き彫りにするとともに、日本の企業にとってもGolden Parachuteのような制度が必要となっていることを指摘してみたいと思って書いてみました。 以下はその要旨である。
アメリカ企業には、経営幹部を対象としたGolden Parachuteと呼ばれる離職手当制度がある。Golden Parachuteとは、経営権の変更に伴って経営幹部が解雇される、または辞職する場合に支払われる手当である。

Golden Parachuteを用意する目的は、主に3つある。第1は、Golden Parachuteを採用しておくことで、敵対的買収の潜在的コストを高めることである。第2は、有能な経営幹部を採用したり、引き留めることである。第3は、外部からの買収提案に対して経営幹部が適切な判断を下せるようにするということである。

Golden Parachute制度により受け取った離職手当は、個人所得税の課税対象となる。また、その離職手当が一定限度額を超過した場合、20%の超過税が課される。このようなペナルティとも言うべき課税が行われるにも拘らず、多くの大企業は、超過税分を負担してまで限度額を超える金額を用意している。

企業幹部の離職手当が巨額になることに対して、株主の事前承認等の条件を付けて抑制しようとする動きはあるが、ごく一部に限られており、多くの株主は、Golden Parachuteを容認している。それは、株主利益の最大化のためには、必要なコストとして認識されているからと考えられる。

日本において、経営の専門家としてのCEOが少なく、また敵対的買収が日常茶飯事というわけでないため、そのような観点からのGolden Parachuteの必要性はまだ薄いと思われる。しかし、同業種における経営統合、合併はよく見られるようになっており、そのようなケースでは、合併自体の是非の判断、統合後の経営陣のスムーズな一本化のために、Golden Parachuteのような制度が必要になってきているものと考える。

2月6日(2) 新貯蓄制度提案に対する評価
新貯蓄制度提案(Topics 2003年2月4日「(2) 新貯蓄制度の提案」参照)への評価は、大きく分かれている。

Wall Street Journalは、もろ手を挙げて賛成、という立場。「配当課税の撤廃とこの新貯蓄制度の導入により、貯蓄が増えて投資に向かえば、経済成長はますます高まり、将来の税収も確保できる。また、税に敏感な高額所得層が、消費ではなく投資に金を回すので、ますますよくなる」という論法だ。

他方、employee benefitsの専門家達の中には、「上限が高すぎて現実を無視している。中小企業の拠出はこれでは伸びない。金持ち層の優遇ばかりだ」と、極めて懐疑的な意見を持っている人たちが多いようだ。

日本で確定拠出年金の議論をしている時にも、同じような賛否両論があったのを記憶している。

いずれにしても、先述したように、2004年1月1日から施行というのは、あまりに性急過ぎる。あまりことを急くと、時間切れで議論はお終い、ということになりかねない。

新貯蓄制度提案について、専門家がまとめた表があったので、参考までに掲載しておく。出所はいずれもAmerican Benefits Councilである。


2月7日 新貯蓄制度提案への政治的抵抗 Source : GOP Not Backing Savings Changes (Washington Post)

Bush大統領の新貯蓄制度提案は、下院共和党からも批判を受けているそうだ。提案の発表にあたって、下院共和党議員の幹部が、何も話がなかったといって怒っているらしい。また、配当課税撤廃についても、共和党から厳しい批判がある。いずれも財政赤字拡大につながる不見識、というのが表向きの理由のようだ。

この剣幕に圧されて、White House筋は、2年間かけて議論してもいいと、早くもべた降りの姿勢を見せているそうだ。

下院では、民主党との協調で、IRA、401(k)等の拠出限度額引き上げ法案を再提出しようとしていた矢先で、大統領が先に提案を出してしまった、しかもドラスティックな統合案までつけて出してしまったために、面目丸つぶれになった、というのが偽らざる心境であろう。

Bush政権は、イラクとの開戦を睨みながら、国内政策もちゃんと配慮している、一般国民の生活も重視しているという姿勢を見せたい。昨年の中間選挙までのBush政権の提案は、民主党の先手先手を打っていって、提案が成立しないのは民主党が邪魔しているからだ、とアピールできていた。それが中間選挙でも効果を発揮したものと見られていた。

しかし、今回の新貯蓄制度提案は、共和党幹部とも全く話をつけていなかったというのでは、ちと変である。少し、政局運営を少し甘く見過ぎて慢心していたか、それとも議会との間に、特に共和党中道との間に溝ができてしまっているのか。議会の両院を抑えているとはいえ、コントロールが容易になったわけではない。イラクとの開戦には、与党共和党の絶対的な支持が不可欠だ。提案はやはり性急過ぎたのではないだろうか。

2月10日 医療の世界のインセンティブ

今日、明日の2日間の予定で、SENTARA (Norfolk, VA) を訪問している。富士通総研松山博士に誘われて 参加した調査団の一員として。

SENTARAは、総合病院、医科大学、医療保険を傘下に抱える、non-profitの医療サービス提供機関だ。SENTARAは、医療情報に関する統合度で全米No.1にランクされている。また、CEOのBernd氏は、次期アメリカ病院会の会長にも内定しているらしい。医療情報技術の面でも、最新鋭設備の面でも、アメリカ医療界をリードする存在だ。

SENTARA訪問第1日目で印象的だったことを3点。

  1. 日本人とも共通するhospitalityを感じる。別に病院との掛詞ではないが、来訪者に対する親切さ、相手の立場を思いやる気持ちをひしひしと感じる。これは、家内が出産でお世話になった、Adventist Hospital (Rockville, MD)とも共通するものだ。どちらの病院の設立にも教会が主導役を果たしており、このあたりが、組織文化として維持されているのだろうか。

  2. 組織の行動原理として、コミュニティへの貢献を最優先に考えていることがよくわかる。もともとの病院設立も、地域住民のためのリハビリ病院から始まっており、現在では、Norfolk、Virginia Beach周辺の住民、企業従業員への総合的な医療サービスの提供を活動目的としている。医療情報の統合システムや、医科大学の設置も、地域医療の向上、地域住民の利便性向上のためだ。

  3. SENTARAの保険グループでは、医療コスト抑制のための様々なインセンティブが活用されている。被保険者を対象に、疾病予防活動、啓蒙を行うDisease Managementと呼ばれるプログラムがあり、専門の知識、トレーニングを積んだ看護婦が、糖尿病などの予防、生活習慣の改善のために活動している。この看護婦達によるモニターや指導はすべて無料で行われている。なぜ無料で行うことが可能となるのか。それはこのプログラムに$1の投資をすれば、$3の医療コスト抑制効果があるからだ。糖尿病の悪化を防ぐことができれば、医療費を抑制することができ、結局は保険料を抑えることができる。
    また、そのような予防活動、啓蒙に被保険者を参加させるために、被保険者個人ごとに保険料の割引をしたり、映画やスポーツイベントのフリーチケットを提供したりしている。要するに、健康管理に気を付けている人にはおまけをあげる、というわけだ。

    こういうインセンティブは、日本の医療保険制度の中でも充分可能だ。良質の医療サービス、予防活動をしてくれる医療機関には被保険者を積極的に誘導し、その代わりに診療報酬を割引してもらう。健康診断や医師の指示によく従う被保険者にはおまけを提供する。様々な工夫ができるようにするためには、保険者の意識、機能、能力を高める必要がある。
話は変わるが、SENTARA幹部に教えてもらったWebsiteを2つ。

Health Grades:全米の病院、医者等の評価、ランキングを公表している。

Virginia Health Information:ヴァージニア州にある病院、医療保険等に関する情報を提供する。


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